
こんにちは!鹿児島県共生・協働センター、通称ココラボの情報発信を担当しておりますパッションです!
ココラボでは『みんなの一歩』と題して、鹿児島県内で活動をされている方に活動の経緯や活動に対する想いなどを記事にまとめて、ココラボに入って左手すぐの壁際に展示しています。
じゅうににんめ(12人目)となる今回は、鹿児島県曽於市で活動されている堀之内僚さん(以下、僚さん)にインタビューしました。皆さんに、鹿児島でとても素敵な取り組みをされている方を知ってもらうとともに、皆さんの活動を始める小さな後押しになると嬉しいです。
みんなの一歩とは?
鹿児島県内には、多種多様な方々が様々な活動をされています。そしてその活動に至るまでの過程も様々です。
そこで『みんなの一歩』では、鹿児島県内で活動をされている方がどんな想いで活動をしていて、その活動を始めるそもそもの最初の一歩は何だったのかをインタビューしていきます。
みんなの一歩が、皆さんの活動を始める一歩の小さな後押しになるように、そんな想いで始めました。
みんなの一歩 じゅうににんめ 堀之内 僚 さん
◆プロフィール◆
1988年10月26日生まれ。鹿児島市出身。幼少期から音楽や舞台芸術に触れて育ち、同時に関心をもっていた海外での生活を学生時代に体験する。大学では国際系リベラルアーツの学部でアートを専攻し、舞台制作や文学を学ぶ。大学卒業後は映像・演劇制作の仕事の傍ら音楽制作に取り組み、2018年にRyoとしてインストゥルメンタル・アルバム『Crystal line』を発表。その後活動の拠点を鹿児島に移し、山間にある祖母の家を改修し自身のスタジオ「ツキノアトリエ」を構え、楽曲の制作やライブ活動などを行う。「活動拠点「ツキノアトリエ」の地域への開放を始めるなど、地域との関わりを少しずつ広げている。」
自分にとって自由に音楽をやることとは何かを考える
パッション:
まずは僚さんが、曽於市に移住された経緯を教えてください。
僚さん:
出身は鹿児島市内で、大学進学を機に東京に出ました。大学では国際教養学部に所属していて、リベラルアーツ的な学びのスタイルで、自分が興味ある分野を自由に選択できる環境でした。
最初は特にやりたいことは決まっていなかったけど、文学、哲学、人文系の科目に惹かれていくうちに、だんだんと芸術や表現の世界に興味があるんだと気付きました。最終的にはアート分野で学位を取得し、舞台表現のゼミに参加して、チームで演劇をつくっていました。その過程の中で、音楽をつくったり台本を書いたりして、漠然とこれらを仕事にしていきたいと思っていました。
パッション:
大学時代の経験が、音楽の世界を目指すきっかけだったんですね!
僚さん:
そうですね、その頃には音楽をつくり始めていましたが、完成させるにはまだまだすごい時間がかかるし、もっと自分の中でスキルを育てていく時間が必要だと感じていました。
そこで、クリエイティブ関係の職に就きながら音楽をつくっていこうと決めて、最初は映像の制作会社に入って制作部門で働いたり、舞台の制作をする仕事もしていました。仕事をしながら音楽はずっと続けていましたが、暮らしもしっかりとつくりながら自分の作品をつくることは、鹿児島の方がやりやすいのかなと思ったんです。
自分のペースでできそうだと思って、東京で暮らし始めて10年目の年に鹿児島に戻ってきました。最初は鹿児島市内にいましたが、自分にとって音楽を自由にやるってどういうことかを考えたら、弾きたい時にピアノが弾けることでした。
そういう環境も含めて、どこが良いかを考えた時に、曽於市にある祖母の家だと音が静かで、自由にできるだろうと思って、身体一つで来たという感じでした。
パッション:
僚さんにとって音楽を自由にやるってどういうことかを考えるきっかけって何かあったんですか?
僚さん:
鹿児島市では、知的障害を持つ方々のサポート施設で働いていました。仕事を通じてものづくりに触れる機会はたくさんあったけど、せっかく鹿児島に戻ってきたから仕事と暮らしと創作の時間のバランスをもっと取りたい、もっともっと自分で制作したいと思いました。
曽於市にある祖母の家が好きで、祖母がいなくなった時に廃屋になることが嫌でした。なので、有効活用できればとも考えていたんです。ですが、鹿児島の地方や人里離れた場所で暮らす時にどこから始めれば良いんだろうと。もっと情報が欲しい時に、鹿児島県主催の「地域づくりプロデューサー養成講座」(※)の募集を見て、参加を決めました。それぞれの地域で活動されているメンターや参加者の方々と出逢ったことが、曽於市移住への背中を押してくれたんです。
(※)「地域づくりプロデューサー養成講座」
地域づくりに必要なスキルや考え方を学びながら,受講生の取組を前に進めるための実践型講座
https://www.pref.kagoshima.jp/ab12/jissennryoku/hitoikusei_r04/r4_report.htm
身近な人がどんなカタチであれば音楽を受け取ってくれるか
パッション:
曽於市に移住されてからは、どんなことをされていったんですか?
僚さん:
2021年に移住して、最初の1年は「何もしない時間」を意識的につくりました。曲をつくったり、ライブをやったり、本を読んだり、音楽を聴いたり、祖母の手伝いをしたり。あまり詰め込まないようにして、自分がやりたいことって何なのかを考えていました。
地域づくりプロデューサー養成講座で出逢った加藤潤さんに依頼して、床をリノベーションしたのもこの時期でしたね。楽曲制作やライブ活動の拠点である「ツキノアトリエ」が完成しました。
パッション:
大切な時間ですね。
そこからどうやって地域と関わり、今の活動に繋がっていったのですか?
僚さん:
1年後、地域おこし協力隊のアドバイザーの方が人を繋いでくれたんです。そこから地域の子どもたちに学習支援を行うNPO法人に繋がって、週に1回、子どもたちに勉強を教える活動を始めました。そしたらそのNPO法人の代表の方が「SOO Good FM」というラジオのパーソナリティをされていて、誘っていただき、ラジオのパーソナリティを始めたんです。なので2年目から、地域の活動に参加し始めて、地域の人たちとより繋がっていきました。
パッション:
実際に学習支援やラジオの活動をされてみてどうでしたか?
僚さん:
やっぱり人と関わることを必要としていると気付きました。学習支援を通じて、地域の小学生や中学生、高校生と話ができたり、様子が知れたのは自分の中で大きかったですね。
ラジオの仕事も、地域で様々な活動をしている方々とお話ししながらつながりを持てました。学習支援やラジオの仕事がなかったら、人と触れ合う機会が極端に少ない生活になっていました。ラジオでのコミュニケーションは、顔は見えないけど声や音楽を通じて繋がることができるので、自分により親和性の高いコミュニケーションツールだと感じています。
パッション:
ラジオは僚さんにぴったりなんですね!
現在は、楽曲の制作やライブ活動をされていますが、最初はどうやって始めていきましたか?
僚さん:
移住して2年目の時に、音楽をやっていることをもっと深めていきたくて、ピアノの弾き語りをして、YouTube配信を始めました。僕にとって音を深めていくことは、ピアノの弾き語りの質を高めることだと思ったんです。
その次に、自宅にお客さんを呼んでライブをやったんです。最初はやり方がわかりませんでしたが、できることを探して、自分で内容を考えて地域の人にお知らせしました。その中で、自分がやりたいことと、身近な人がどんなカタチであれば音楽を受け取ってくれるかを考えて、企画していきました。
去年は初めて、曽於市でライブをやりました。カフェの空間をお借りして、チラシも自分でつくりました。ライブでは曽於市の人たちに曽於市に移住してからつくった曲を聞いていただきました。
パッション:
僚さんにとって、自宅を開放したりして、音楽を届けようと思った最初のきっかけは何だったんですか?
僚さん:
2年目の時に、有名なジャズピアニストを呼んで、自宅の空間でコンサートをやったのがきっかけでした。鹿児島市の友人や音楽が好きな方をお誘いして、ピアノの演奏を聞いた後にみんなでご飯を食べて、何人か泊まって。その会を開いた時が、すごく楽しかったんです。
音楽をやっている人間として、音楽を発信する場所を必要としているし、純粋にこの空間に人が来てくれて、同じ時間や空間を共有してることが嬉しかった。パーソナルな場所でもあるけど、パブリックの要素も少しづつ出てきて、不思議な感じでした。
自分から工夫してやってみることで繋がること
パッション:
ツキノアトリエは、地域の人たちにも使ってもらう場として開放されていますが、そこにはどんな思いが込められているのですか?
僚さん:
自分が交流するきっかけにもなるし、自分が子どもの時にこういう場所があったら良いなと思って。地域の子どもたちに、ピアノなどの楽器に触れてもらったり、絵を描いたり本を読んだりして良いよとお知らせしたのは大きかったですね。でも、車がないとアクセスできないので、子どもたちがどうやってこの場所まで来るか、そこをどうやってクリアにするかは模索中です。
自分が住んでいる所でもあるから、パーソナルとパブリックの境目をどうすれば良いかは探りつつ、毎週金曜日の夕方をOpen Day にして、ゲストの方を呼んでライブをしたりしています。
場としてあることをお知らせするだけでも良いかなと思っていて、まずはそこから始めて、興味を持ってくれた人に来てもらって、体験してもらう所から始めています。
パッション:
そういう場所があるって地域の人にとっても嬉しいですよね。
ツキノアトリエの名前の由来って何だったんですか?
僚さん:
純粋に住んでいる地域が月野という地名で、友人に祖母の家に移って音楽をやろうと思っていると話をしたときに、「ツキノアトリエっていいんじゃない?」と提案をしてくれたんです。良い響きだねとなって決まりました。
パッション:
そうだったんですね!
曽於市にきてからの活動を、僚さん自身どう振り返りますか?
僚さん:
こんなことできないだろうと思っていたことができているなと感じています。現在取り組んでいることで生計を立てるプランはありませんでした。とにかく音楽ができる場所を求めてきたけど、そこにはラジオの仕事があって。音楽を発信するためにどんな発信の仕方が良いかを考えて企画したり、どんなメッセージを発信したら届くのかを考えて、YouTube配信やライブを家でやってきました。
あとは自分の成長の機会として、どんな場に身を置いたら良いかを同時に考えていて。音楽をやる場としては、すごく静かな環境で良いけど、あまりカルチャーに触れる機会が少ないので、機会を自分で作っていかないといけないと思っています。都会のように街を歩けば、お店に入れる環境ではないから、たまに東京に行ったり、友人が住んでる町に行ったり、どのように自分のスケジュールやライフスタイルをデザインしていくかを考えています。
うまくできている部分と、どうやって乗り越えたらいいんだろうという所がどっちもあるので、自分なりに工夫して、この場所を活かして、新たなやり方や人との繋がり方をつくっていけるかが課題ですね。
パッション:
曽於市以外の地域でライブをされているのも、そこに繋がりますか?
僚さん:
そうですね。大崎町でもライブさせていただきましたが、曽於市にいるからご縁があると思っています。土地的に近いということで、大崎町どうですか?と紹介をいただいて、やらせていただいたことでまた別の地域やそこで活動する方と繋がったりするのは面白いなと思っています。
曽於市は宮崎県も近いので、宮崎の人たちとも繋がっています。宮崎の文化も入っていて、鹿児島市にいたら、恐らくそういった方々とは出逢えていないと思うんです。
何もしなければただ過ぎていくだけの空間だけど、自分から工夫してやってみることで、何かしらのリアクションがあったり、展開につながったり、人との出会いがあることを感じています。
パッション:
自分からやってみること、大事ですね!
最後に僚さんの今後の展望を教えてください。
僚さん:
より表現者として、この場所を活かして、作品を深めていったり、自分自身をもっと成長させて進化していけるか。あとは、環境にどうアプローチできるかです。これまでは、居住空間を整えることが中心で、音楽や生活、交流ができる場をつくってきました。ですが、その家を取り囲んでる自然、森、山、田んぼなどの環境にどう働きかけができるかを考えていきたいです。
地域のイベントや子供たちにとっての学びの機会、文化に触れる経験が少ない地域だと思うので、そこにアプローチできるイベントをつくることもやっていきたいですね。
おわりに
「自分にとって、音楽を自由にやるってどういうことか」この問いに僚さんはずっと真摯に向き合い続けているんだと感じました。自身の創作のペースを大切にしながら、自分のリズムで暮らし、地域に少しずつ関わりを広げていく。僚さんから奏でられる音楽や声、場が人や地域をやわらかくつないでいるんだと思いました。